【信長の野望 天翔記】武将がいなくなるまでプレイ

今回の目標は「下剋上の世を終わらせる」こと……といったら、普通に天下統一すればいいんでしょうが、今回目指す世の中は支配層のいないユートピア的(?)世界。つまり武将が一人もいない世を目指します。

やり方としては、全国統一しないようにしつつ、他家の武将を根こそぎ減らしてから、自家の武将が天寿を全うするのを見守ることになります。


シナリオは一番開始が遅い関ヶ原の合戦シナリオでは、大名が徳川と豊臣の2つしかないので、1582年の本能寺の変にし、大名は防衛しやすい(と言っても攻める方も強いですが)島津義久。シナリオ設定は超級で死亡頻度を多いにしました。

当初の方針としては、速攻で九州を制圧して、しばらく全国の様子を見守ることにします。
1582年夏には本能寺の変が勃発。最大勢力だった織田家が分裂しましたが、まだ九州には影響はありません。

我が島津家は、島津義弘種子島久時(鉄砲A)らを中心に九州を北上。ライバルだった大友家と龍造寺家が潰し合うラッキーな展開もあって、1586年冬には九州を統一。


翌年には島津義久島津龍伯と改名。
九州を統一したので、あとは引き籠もって内政開発でもしていればいいのですが、防衛のことを考えたら家臣団の戦闘力を一定水準までは上げておきたいし、全国の武将の数も減らしてゆきたいので、隣国にちょっかいを出すことにしました。
この段階で、姫武将も早くも二人も登場。最初は使える手駒……というか華が欲しいので、武将として取り立てています。


能力、特に修得度と兵科適性がえげつないです。兵科適性については大名と同じくらいになるっていうのは、強い家はさらに強くなり弱い家は弱い家のままですので、ちょっとやりすぎの気もします。でも姫が無双するのも面白いですけど。

さて、そんな姫武将を始めとする一門の武将たちを育てるべく、1591年に橋頭堡として海を渡ったところに位置する、長門の且山城と伊予の松葉城を落としました。

1598年までは隣接する毛利家(のちに大名は玉木吉保に)と長宗我部家を攻撃し続け、両家の武将を数人にまで減らすことに成功。
さらに両家を飛び越えて、淡路島の洲本城を拠点に、近畿地方まで遠征することに。


淡路島周辺では途中で捕まえた水軍Aの来島通総能島武吉に鉄甲船を持たせ、さらに鉄砲をBやCに上げた状態で戦闘に参加させ、豊臣家を継いだ藤堂高虎織田信包らをいたぶって遊んでいました。

しかしそんな二人も寄る年波には勝てず、1603年までにともに病死。さらに翌年には当主の島津龍伯も倒れます。島津惟新斎島津義弘が改名)が跡を継ぎましたが、自身もすでに高齢のため、後継者を育てておくことに。

白羽の矢を立てたのは、島津忠恒。彼は1606年に島津家久と改名しますが、そんな彼の修行の成果はというと――


兵科適性は登場時は全てCだったので、だいぶ上がりました。特に鉄砲Sは立派。教育に加えて鉄甲船で大砲ぶっ放していたら上がりました。また暗殺は久武親直から修得。智謀はそんなに高くないですが、大物は狙わず、登場直後の若い芽を摘むのに使えればよいので、これはあまり問題ではありません。

その後、東北一帯を支配した伊達家と早く接触したかったので、配下もいなくなり生かさず殺さず状態だった玉木家と長宗我部家を滅ぼし、琵琶湖周辺まで進出。

島津惟新斎といえば、このプレイで何度か戦闘で彼の姿を見た敵将が「あれは鬼島津。命運も尽きたか」みたいなことを言うイベントが起きたんですが、メッセージ送りを高速にしていたので、辛うじてセリフを読み取れたものの、スクリーンショットまでは取れませんでした。それでもってメッセージ送りを無しにしたら、イベントはてんで起きないという。(笑)
ちなみに『武将風雲録』の似たようなイベントでは機動力がMAXになったんですが、今回はどんな効果があるのかは分かりませんでした。

舞台を近畿に移してからは伊達政宗や北条家を継いだ小幡勘兵衛徳川秀忠らを相手にしました。琵琶湖に鉄甲船を並べるという、ある意味非常識な光景が繰り広げられることに。

姫武将も先代の分と合わせて計5人に。いずれも鉄砲Aに鉄甲船と彼女たちだけで天下を取れそうな勢いです。(笑)


また暗殺要員も真田十勇士の一人・霧隠才蔵や剣豪・柳生宗矩がおり、毎ターン誰かしらを手にかけています。

1618年、島津惟新斎が死亡。島津家久が41歳で後を継ぎました。直後の1620年には島津豊久も死亡し、一門は姫武将を除くと島津忠興だけになりましたが、彼の能力はというと微妙。

その後はひたすら琵琶湖に鉄甲船作戦を採っていましたが、これは兵を減らすのには好都合ですが、どうも武将の捕縛率が低い気がしたので、鉄砲隊での籠城に変更。すると、効果は覿面で伊達家当主の伊達政宗や真田十勇士の一人・海野六郎なども捕まえるどころか射殺してしまいました。

大名だろうが何だろうが討ち死にしてしまう「死亡頻度多い」こわい。戦闘を委任にしてると、知らないうちに死んでますからね。
また毎ターン暗殺も継続するなどして、1627年時点で生き残っている他家の武将はたった11人に。


この頃には姫が出てきても、もう武将にはしていません。
1629年に島津忠興が死去。ついに(姫以外の)一門がいなくなってしまいました。家久の史実での死亡年が近づくころ、家臣団の中に天草四郎を発見。ほったらかしにしていた他の軍団に登用されていたようです。


1638年に島津家久が没したので、天草四郎に跡を継がせてみました。行動力の点からみると野望が(家宝で上げたうえで)19と低いですが、ぶっちゃけもうやることはありませんし。(笑)

その後は一揆のメッセージが鬱陶しいので、残った武将総動員で施しなどをしつつ(焼け石に水でしたが)、敵軍の中に徳川光圀を発見。出るらしいというのは知っていましたが、実際に見るのは初めてです。


……これは紛れもなく水戸黄門。18歳でこの見事な白髪白髭。さすがに助さん格さんとか弥七やお銀はいません。

さらには鍋島光茂も登場。これが最後の武将の登場でした。没年が1700年と、この二人が長寿候補でしょうか。何もなければ(意味深)ですが。


1649年から姫武将たちも寿命を迎え始めました。
1654年奥平家を滅ぼし、奥平忠昌徳川光圀は生き残りゲームから脱落。水戸黄門が首を刎ねられるって、町田康氏の短編小説「逆水戸」をふと思い出しました。

1658年には最後まで残っていた片倉家の当主・片倉重長が死亡し、同家の武将は一人もいなくなってしまいました。


東北から関東一帯に一気に出現した空白地帯がなんだか笑えます。

しかし1662年に天草四郎が死去。思ったより早く寿命を迎えてしまいました。後を継いだのは鍋島光茂。その他に生き残ったのは6名。


この後、二十数年は一揆のメッセージをクリックすることにひたすら耐える修行を行いました……が途中で、クリックするボタンにマウスカーソルを合わせておいてエンターキー連打でもいけるという発見もありました。とはいえ連打することに変わりはないんだよなあ。

1688年。最後の姫武将も亡くなり、ついに存在する武将は、やはり本命の鍋島光茂一人きりに。


そしてさらに時は流れて1692年。ついにこの時が来てしまいました。鍋島光茂も死亡し、下剋上の世は終わりを告げたのでした。


そして誰もいなくなった。

と、余韻に浸る間もなくタイトルに戻されてしまいました。ずいぶんあっさりです。
せっかくなのでどこまで続けられるのか、直前のデータをロード、死亡頻度を少ないに変更して、さらに進めてみました。

すると何の問題もなく18世紀に突入。富士山が噴火することもなく、1708年を迎えました。そして冬が来て、その次には……来たのは1709年春ではなく、1708年春でした。

この後はいくら進めても1708年が繰り返されるのみ、エンドレスエイトならぬエンドレス1708です。武将も年を取りませんでした。
上手く説明できる画像がないので初めて動画を撮って、ブログに埋め込んでみました。とはいえ上に書いたことの、それ以上でもそれ以下でもありませんが。
1708年ループ~武将全員死亡でゲームオーバーになる動画です。またの名を一揆のおっさんの顔を見続ける動画ともいいます。(笑)


年は取らないけれど死亡判定は行われるので、新武将を二人作って鍋島光茂が死んだら一人に跡を継がせて、さらに少しだけ進めました。


新武将の顔についてはノーコメントで。(笑)
注目するのは仕官年数のところ。年は取らないけれど、家臣の仕官年数はしっかり加算されていたので、年齢を超えています。

何故1708年かというと、今作に登場する武将の中で一番早生まれの龍造寺家兼が1454年生まれということで、そこを基準に1708年で255年目(16進数でFF)になるからという理由らしいです。

と、最後は脱線しましたが、支配者層のいないユートピア的世界が実現した……んでしょうか? 直前まで民忠が低く全国的に一揆が頻発していただけに、無政府状態になったこの国の行く末が非常に心配でなりません。


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